【映像翻訳】映像翻訳科の裏メニュー【水谷講師の連載】
2012年2月16日 17:16
今日も冷えますね。雪も舞っていましたね。□「裏メニュー」というのを知っていますか?
「はてなキーワード」によれば「レストランや居酒屋などの飲食店の表のメニューには掲載されていないメニューのこと。基本的に常連客などしか知らないものが多い。また、試作品的な料理が多いとされる」と記載されています。
言ってみれば「精読ゼミ」は、映像テクノアカデミアの映像翻訳科の"裏メニュー"です。ことの始まりは、柴田元幸さんが東大でやっている授業を採録した「翻訳教室」(新書館)を読んだことでした。こんなふうに細かなニュアンスや言い回しを含めて、訳語のチョイス、日本語の表現、英語の解釈にまでこだわった授業ができないかと考えたのです。また映画で表現されている言葉以外のことを、三谷幸喜さんと和田誠さんの対談「それはまた別の話」(文春文庫)のように、映画マニア的な視点で説明する要素も加えるべきじゃないか、と。
アカデミアの本講座(「精読ゼミ」「総合セミナー」などの裏メニューと区別するため、こう呼びます)では、「英語が読める・分かること」が前提となってカリキュラムが組まれています。ですので解釈や英語の構造といった"意味を取る段階"の解説は加えず(分かっているのが前提ですからね)、それを「いかにして字数(字幕の場合)や、口合わせ(吹き替え)という制限の中で、日本語を駆使するというテクニックに重きが置かれているのが現状です。
ところが実際に授業を行ってみると、その前提である「英文解釈」がおぼつかない、前置詞のや冠詞の違い、はたまた助動詞の使い方といった英語においてニュアンスを担う部分の理解が、かなり怪しいわけです。いわゆる基礎力と呼べることかもしれません。学校英語やTOEFLの試験では、うまくすり抜けることができても、実際に使われている英語は別物なのです。またいくら巻き舌の素晴らしい発音で英会話ができる人でも、いざ日本語に訳そうとする言葉が出てこないというようなことが起こっています。また受講者の多くは映画やドラマ好きなはずなのに、細かな演技や小物の使い方、はたまた微妙な言葉選びに気づいていないことが、驚くほど多いのが実体です。
英文法とは、英語の最低限の基礎的な運用方法を凝縮したものです。サッカーで言えば、ボールを胸で受けて、足下に落として、蹴りたい方向に利き足で蹴るというものです。これができてもいないのに、ダイレクトで、それも利き足ではない足で、オーバーヘッドシュートで蹴るなど不可能です(これは他に選択肢がないからであって、最初から狙っているのは、ただのカッコつけ野郎です)。アイススケートで言えば、ちゃんとまっすぐ滑れることであって、トリプルアクセルやイナバウアーができることではありません。その昔、翻訳を登山にたとえて、「エヴェレストを登ろうとしていたら、自分が高尾山登山の準備ができていなかったことに気づいた」と言った受講生がいました。
□精読ゼミ的な翻訳とは?
話を戻しましょう。「精読ゼミ」では、"1本の長編映画の台詞をしゃぶり尽くそう"を合い言葉に、原文である英語を徹底的に咀嚼して、それにそぐう日本語表現を模索するという授業(ゼミ)をしています。
12回のシリーズですから、毎回、字幕にして120カットほど、時間にすれば10分ほどの台詞を宿題として提出してもらっています。これを一字一句にいたるまで僕が細かくみて(かなりの時間を取られます)、返却。毎回、1人か2人の赤ペンが入った翻訳を書画カメラで見せながら、解説していくというスタイルを取っています(ここらへんは柴田元幸さんの方法を踏襲しました)。
毎回、間違いが多かった箇所をピックアップして、文法事項や日本語の言い回し(ニュアンス)などを、確認していきます。たとえば冠詞の場合は、訳すべきか訳さないべきかという選択の基準。定冠詞を不定冠詞に変えた場合のニュアンスの違い、冠詞を付ける場合と付けない場合の受け取ったイメージの違いなどを事細かに説明します。
先ほど「英文法とは英語の最低限の基礎的な運用方法を凝縮したもの」と書きましたが、いわば「この運用から逸れれば、相手に誤解を与えるので使用を避ける」(注意:あくまでも「避ける」であって「使えない」ではありません)というような"基本ルール"と考えた方がいいかもしれません。サッカーだと「ゴールキーパー以外は手を使えない」というようなものと考えてみてください。しかし「言葉は生き物」ですから、ルール通りとは限りません。特にポップな言い回しやコメディーなどは、わざとルールを無視して使う場合もあります。サッカーだって、肩でボールを受けたり止めたりした場合は、きわめてビミョーで審判の判断次第になります。・・・・つづく
水谷美津夫
・・・・と今回はここまで。そう、水谷講師はサッカーファンでもいらっしゃいます。次回はもうすこし、『映画を訳す』ことに踏み込んでいきます。